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ナムジャイブログ

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でピアノを習っていた

ホームパーティついでに。
わたしは、幼稚園の時からピアノと習字を習っていた。
ある山手高級住宅地に居を構える先生のお宅に毎週、坂道を上り階段を登って通っていた。
ピアノの先生は本職は学校の先生をしていて、アメリカンホームドラマに出てくるような背の高い優しそうな上品な夫さんがいた。
これまた絵に描いたような、上品でお利口そうな坊ちゃん(当時幼児と幼稚園児ぐらい?)が2人いた。
(わたしより、ほんの少しだけ歳下)

門を通って庭を歩き、右手側に玄関。
玄関を入って右手側には、ピアノのレッスンに使われている応接室がある。
左手側に進むと、お習字教室に使われている和室がある。
和室の前は縁側廊下になるが和室との扉(障子)は開け放たれている。 
ここでは、ピアノの先生のお姑さんにあたる先生が何人もの生徒に習字の手ほどきをしている。
玄関を見ずに門から真っ直ぐ歩くと、右側に習字和室を見ながら突き当たりに、小ぶりのサブ玄関がある。

わたしは、ピアノの後、習字だったか、習字の後、ピアノだったか、その時々に応じてだったか忘れたが、小学6年までピアノを習っていた。
習字は大筆の後、小筆になってから小筆が嫌でやめた。
百人一首のような、おかき(米菓子)の包装紙に書かれているような、いかにもいかにも、あんな文字がさらさらと書けたら大したものなのに、、、その手前、入り口でやめてしまった。
親も辞めるにあたり、何も言わなかった。
習字と入れ替わりのようなかんじで、算盤とバレエを習いたいと親にせがんだ。
親はバレエは少し難色を示したかも知れないが(忘れた)、算盤はすんなりオッケーだった。

ピアノは、同じ応接室内で生徒はレッスンを受けている子の次の順番を待つ。
そこに、わたしの大嫌いな悪ガキとよく鉢合わせた。
わたしとは幼稚園から一緒のS.Hである。
(あえて「君」はつけてやらない)
わたしが生涯でたった一人だけいじめられたのは、このS.Hである。
幼稚園のブランコに乗っているわたしをいじめた。
そのシーンはハッキリ覚えている。
最初で最後のごんたくれ。
(医師になったらしいが)
色白で、ひょっとこみたいな顔。
この子が同級生の他の子と、わたしが練習が満足にできてないピアノレッスンをくすくす笑うのだ。
耐えられないなら、ちゃんと練習してくれば良いものを、練習しない、わたしもわたしだ。
・・・・・

本日スケジュールの時間も差し迫り、キリがないので、昔日の話はちょっとストップ。

ちなみに、
ふと思ったが、高齢の男性たちのブログや話には幼い頃の話を聞いたことがない。
(一部、例外を除く)
大概は現役時代の話や、リタイアしてから頑張っていること等。
元気をいただくものの、幼い頃の時代、気に入らなかったのか、記憶にないのか、黒歴史で無かったことにしてしまいたいのか、人に話すほどのこともないのか、話しても自分は高揚しないからか、、、
いったい何故なんだろう?


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